Contemporary Art

極小美術館

2024.11/10(sun)~ 2024.12/8(sun)

No.50

観覧申し込みは090-5853-3766まで。入場は無料

蘇⽣ −喜びに溢れたガラス作品へ−

髙橋貴⼦(春⽇森の⽂化博物館学芸員)

 パリンっ。⼩さな⼿からワイングラスが床に落ちた。瞬く間に、煌めくグラスは粉々になった。まるで、儚い夢から覚めたようだ。

 「ガラスとは何か」と改めて問うことも憚れるほどに、ガラスは私たちの⽇常⽣活に密着し、無くてはならない素材となっている。光を透過し、⾊を取り込み、幾通りもの表情を⾒せる煌めくガラス。⾦属や⽊材とは異なり、錆や腐⾷がなく半永久的な美しさを保つことができる⼀⽅で、衝撃によって「割れる」儚い繊細さもまた、ガラスの魅⼒を引き出している。
 無⾊透明のショーウィンドウや窓ガラスの前に⽴つ。ガラスを通してみる世界は、⾃分が⽴つ世界とは隔絶したような、別世界のようにも感じられる幻視性があり、良くも悪くも私たちの空想を⼤きく掻き⽴てる。由⽔常雄⽒*1によれば、「無⾊透明のガラスは、光を最⼤限で92%透過し、8%を反射その他の理由で拡散している。その⾒にくくなり不明の部分は、⼈間の頭脳が想像によって補正して⾒ている」という。⽔⾯に映る⾃分の顔を⾒て、何か⼼に⾳が鳴るように、ガラスに映る⾃分の顔を⾒て、⼈々は8%の想像⼒をもって⾃分の過去や未来を解釈している。
 今から5000年以上前に、珪⽯、ソーダ、⽯灰などの原料を調合し、熱によって溶解し作り上げる「ガラス」という素材が発⾒された。そして、「少しでも良いものを」という⼈間の欲求は、数々のガラス技法を⽣み出していった。紀元前1世紀ごろのローマ時代、「吹きガラス技法」が発明されたことは、ガラスの量産を可能にし、⽇⽤の器としてのガラスを爆発的に普及させた。
 現在では、⼯芸品、建築材、芸術品のみならず、光ファイバーのケーブル、レンズ等の先端技術にまでガラスの⽤途は広がり、進化を続けている。その⼀⽅で、かつて⻩⾦や天然宝⽯にも勝る価値を持ち、珍重されたガラスは時代と共に⼤量⽣産・⼤量消費・⼤量廃棄される素材にもなった。

 私が初めて林さんの作品を拝⾒したのは、コロナ禍の2022年に極⼩美術館で開催された展⽰であった。幅60㎝・⾼さ182㎝にもなる⼤きな三⾓柱の作品は、板ガラス同⼠を重ね合わせ、熱を与えて溶解させる「フュージング」という技法を⽤いて制作されていた。
 細い棒状に切断した透明ガラスや⾊ガラス4000枚を、⼟台となる板ガラスに配置した後、850度の窯で焼成。下⽅には⿊や⻘⾊、上⽅には⾚や⻩⾊などの明るい⾊がリズムよく配され、まるで美しいオーロラのように⾒える作品であった。4000枚のか細いガラスたちが⼿を繋ぎ合いながら⽴ち上がった作品は、社会全体に閉塞感が漂うコロナ禍において、希望の光を放っていた。
 今回の展⽰では、床に敷かれたガラスの上に、ガラスの短冊が吊るされる。宙に浮かぶ短冊には、今から約5000年前に使われていたという説をもつ「⿓体⽂字」が描かれている。⼀枚⼀枚の短冊はあたかも記憶の断⽚を覗き込む窓のようにも⾒える。⼩さな窓を覗き⾒た⼈は、林さんの「⾒る⼈が、楽しく明るい気持ちになるように」という真っ直ぐな想いに触れ、きっと⾒る前よりも⼼が軽やかになるに違いない。

 「若き頃、⼩気味いいと聞けたガラスラスの割れる⾳は、年をとり、ガラスの鳴き声に聞こえるようになった。」と林さんは語る。
 稼業の⼯場で出たガラスの端材を作品づくりの素材とし、制作の際に出たわずかなガラス⽚も捨てることなく⼤切に残す。幼き頃から共に過ごしたガラスへの愛と、ものづくりへの情熱が、倉庫の⽚隅の悲しきガラスを喜びに溢れたガラス作品へと蘇⽣させている。

*1 由⽔常雄 . ガラス⼯芸 -歴史と技法- . 桜楓社 , 1992 , p.5

静中動(2024年)
300 × 200 cm

林孝子

【略歴】
1985
建築用硝子を素材として創作を始める
1986
朝日現代クラフト展 入選 ※87、88年
1986
高岡クラフト展 入選
1987
全国発明コンクール 入選
1989
日本クラフト展 入選
1990
国際ガラス展金沢 入選
1990
東海ガラス展アート 奨励賞
1991
金沢工芸大賞コンペティション 大賞
1994
安達流月刊誌「“花芸”ガラスの文化」※1年間連載
1994
岐阜新聞「素描」
2007
新日本工芸展 入選
2010
Glass Craft Triennaie 入選
【個展・グループ展】
1986
ステンドガラス展 (丸善 / 名古屋)
1987
京都工芸ガラス展 (京都市)
1989
個展 ※93年 (ギャラリー円居 / 一宮)
1990
グループ展 (ギャラリー栗本 / 名古屋)
1990
個展 ※~02年 (ロゼ画廊 / 岐阜)
1991
個展 ※92、93年 (由美画廊 / 浜松)
1991
「Gerum展」、「平和展」 ※〜00年 (岐阜県美術館)
1993
個展 (ギャラリー幹 / 岡山)
1994
グループ展「街はアートであふれる」 ※95、96年 (一宮)
1995
三人展「自然の心」 ※98、00年 (岐阜県美術館)
1995
グループ展「秋桜会」 (ノリタケギャラリー)
1996
個展 (ギャラリーメイク / 名古屋)
1997
二人展 (ギャラリームース / 関)
2000
個展 ※01年 (八ヶ岳倶楽部)
2001
個展 (アトリエMOVE / 横浜)
2003
個展 ※~13年 (ギャラリーアリア / 岐阜)
2005
アート&茶会 (大徳寺黄梅院)
2006
グループ展 ※10年 (八ヶ岳倶楽部)
2007
個展 (北ビワコホテルGRAZIE / 滋賀)
2008
個展 (乾ギャラリー / 東京)
2008
飛騨高山現代美術展 (高山)
2009
クラフトデザイナー中部 ※~17年 (ノリタケの森ギャラリー / 名古屋)
2010
グループ展「ベスパ・プリマベーラと作家たち」 (極小美術館 / 池田町)
2012
グループ展「象の檻」 (極小美術館 / 池田町)
2012
個展 ※~21年 (ノリタケの森ギャラリー / 名古屋)
2015
個展 ※16、17年 (石原美術 / 岐阜)
2017
個展 ※21年 (極小美術館 / 池田町)
2017
個展 (空穂屋 / 岐阜)
2017
二人展 (ギャラリー 佑 / 名古屋)
2018
インスタレーション「月 待つ庭。」(後楽荘 / 岐阜)
2018
二人展 (ナイトギャラリー人人 / 名古屋)
2018
二人展 (ギャラリー 満喜田 / 高山)
2018
個展 ※19年 (ギャラリーMAGATAMA / 大阪)
2021
二人展 (ギャラリーディマージュ刈谷)
2022
グループ展「遊戯三昧」 (大徳寺 黄梅院)
2022
個展 (ギャラリー 水の音 / 岐阜)
2022
グループ展「アートフォーラム」 (上宮寺 / 岐阜)
2023
個展 ※24年 (スペース・プリズム / 名古屋)
2023
三人展 (ギャラリー 水の音 / 岐阜)
2024
二人展 (風の家 ギャラリー / 美濃)
2024
三人展 (アルティストビラージュ多治見)
【コレクション】
■91年 大皿 遊 (金沢市美術館)
■91年 オブジェ 家 (極小美術館)
■92年 欄間間仕切パネル 飛翔 (岐阜市斎場)
■99年 鯱照明&硝子庭 (相馬楼・酒田市)
■02年 階段室パネル他 (学習センター安八町)
■02年 丸窓 クレマチス (円徳寺・岐阜市)
■03年 ガラス窓 (桜保育園・大垣市)
■16年 オブジェ 塔 山地翠明 (あまつち教会)
※開催時点