Contemporary Art

極小美術館

2015.10/4(sun)~ 2015.12/13(sun)

espoir 16

観覧申し込みは090-5853-3766まで。入場は無料

必然の視覚化 

村山 閑 (多治見市モザイクタイルミュージアム 学芸員)

 畳の上に、種子を思わせる磁器の球体がばらばらと散らばっている。その中の1点に向かって、天井から糸が束になって下りている。隣の部屋では同様の球体が等間隔に列をなして整然と並び、一か所の角に2個分の空隙がある。これによって見る者は、球体の数、そして二つの赤い球を加えた白い球の配列を意識させられる。すると無造作に散らかって見えた隣室の状況が、天井から糸とともに降りてきた何かの作用によって球体が移動した結果であるように思えてくる。さらに近づけば、個々の球体の微妙な個性が見えてくる。
 上記は2014年、富士の山ビエンナーレで展示された赤堀里夏のインスタレーションの情景である。赤堀は「陶芸家」ではない。本作品の、磁器でありながら釉薬とは異なる白色の、柔らかい表面の質感は、胡粉やシッカロールをかけて磨いたものだという。素材の磁土も、造形しやすい鉱物であることを理由に選んでいる。これまでも、床に大理石の粉を敷き詰めたり、染めた紙片を使ったりと、自身でも「自然素材という括りでの、緩い選択肢」というように、表現の要素に合わせて自由に素材や技法を選び、多様な作品を発表してきた。しかしその背景には、常に根本を見据える凛とした眼差しがある。
 赤堀は1980年に岐阜に生まれ、18歳まで過ごした後に静岡大学で木彫を専攻。2003年にイタリアの伝統あるブレラ美術学校絵画科に入学し、2011年までイタリアを拠点に表現活動を続けていた。言語の違いによる困難を経験する中で、どの国でも共通の「数」に目を止め、シリーズで制作するテーマの一つとする。転換点として赤堀はメルロ・ポンティの言葉「私の身体はものの仲間であり、物の一つであり、世界という織物のうちに編み込まれている(後略)」(※)との出会いを挙げる。人間の創作行為とは、必然的なものによって織り上げられた世界の中に割って入ることといえよう。そうであれば、結果として生まれるものは、一個人の力を超える新たな必然であるべきではないか。
 美術の世界において、特定の法則を示す数字は、古来魅力的な研究対象であった。例えば素数、フィボナッチ数列、黄金比などは、美の理由を読み解くキーワードとして便利に使われてきた側面がある。赤堀は、必然的に存在する数の法則自体に、世界を構成する大いなる力を感じ、種子を思わせる球体によってそれを実体化したのだ。数えるということは、視覚によって存在を確認することでもある。現代社会においては、モニターの中の平板な人工画像が日常世界における主要な視覚世界になりつつあるが、この背後にある実態は、電子的な「数字」でありながら数えることのできない、いわば「存在」のない視覚だけの世界ではないだろうか。ここで赤堀の作品を振り返ると、眼前にある存在に対する意識の回復を、静かに訴えかけてくるように感じられるのだ。
 今回の展覧会は、赤堀にとって、一つの空間を使い切る初めての「個展」であり、「自画像」としてのインスタレーション作品になるという。その言葉には、自意識と外の世界との関係を問い直す、次の転換点を作る覚悟が感じられる。赤堀は展覧会の始まりは、作品が自らの手を離れていくときだとも話す。今回の展覧会からまた一つの作品が、あたかも彼女自身の細胞のように、必然として存在し始めるのだ。

※モーリス・メルロ=ポンティ著『メルロ=ポンティ「目と精神」を読む』
(訳・注 富松保文、2015年3月、株式会社武蔵野美術大学出版局)参照

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armonia 百八つ(2014年制作)
200×200×270cm ミクストメディア

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赤堀里夏

【略歴】
1980
岐阜市に生まれる。
静岡大学卒業後、イタリア国立ブレラ美術学校修了
【グループ展】
2003
てつそん2003 旧日の出小学校(東京)
2006
il cavaliere, la Morte e il Diavolo tadino16ギャラリー
(ミラノ・イタリア)
2006
idee per un matrimonio di Cristina Show Aldo Spoldi企画
(バニョーロクレマスコ・イタリア)
2007
il mondo a brera 06-07 Tomaso Trini他,ブレラ美術アカデミー企画 villa Borromeo Visconti Litta
(ライナーテ・イタリア)
2008
lo specchio d'arte Pierluigi Buglioni企画 トレッツォ スッダーダ城
(トレッツォ スッダーダ・イタリア)
2008
Cristina Show Rolando Bellini企画 San Domenico劇場
(クレーマ / クレモナ・イタリア)
2008
il mondo a brera 07-08 ブレラ美術アカデミー企画 villa Borromeo Visconti Litta(ライナーテ・イタリア)
2009
nuovo riciclato Ylbert Durishti企画 spazio taccoli(ミラノ・イタリア)
2009
premio nazionale delle arti 08 イタリア政府文化省主催 le ciminiere
(カターニア・イタリア)
2009
il mondo a brera 07-08 ブレラ美術アカデミー企画
(巡回展 インスブルグ・オーストリア / フェッラーラ ミラノ・イタリア)
2009
Biennale della Pietra Lavorata
(ストラーダ イン カゼンティーノ・イタリア)
2009
Rigenerazioni Loredana Parmesani企画 トッレフォルネッロ
(ツィアーノ ピアチェンティーノ・イタリア)
2010
il mondo a brera ブレラ美術アカデミー企画 villa Borromeo Visconti Litta
(ライナーテ・イタリア)
2010
la giovane scultura ビジェーバノ城回廊(ビジェーバノ・イタリア)
2010
InOpera 2010- sulle orme di padre Matteo Ricci ボナコルスィ邸美術館
(マチェラータ・イタリア)
2010
L’arte di vivere N.o.A. s.r.l(ミラノ・イタリア)
2010
サロンプリモ2010 Pallazzo della Permanete(ミラノ・イタリア)
2012
現代美術の新世代展2012 篠田守男+極小美術館企画 極小美術館(岐阜)
2013
中之条ビエンナーレ(群馬)
2014
するがのくにの芸術祭 富士の山ビエンナーレ(静岡)
2015
中之条ビエンナーレ(群馬)
【パブリックコレクション】
■ブレラ美術アカデミー アーカイブ(ミラノ・イタリア)
※開催時点