Contemporary Art

極小美術館

2016.10/9(sun)~ 2016.12/18(sun)

No.22

観覧申し込みは090-5853-3766まで。入場は無料

新たな空間に物語を紡ぐ

村田眞宏(豊田市美術館館長)

 椿の花は、枝に咲いていたその姿のままに落花します。花は落花することでその生命を閉じるものです。しかし椿は落花してなお、しばらくはその姿をとどめています。美しさも生々しさもそのままに、それは生きているとも死んでいるともつかない存在のようでもあります。高北幸矢氏が近年、精力的に取り組んでいる「落花」のインスタレーションは、作者が以前、朦朧としたなかで夢に見た落花の情景がもととなっています。それは夢ともうつつともつかない世界を彷徨っているような、不思議な感覚を作者に抱かせたのだろうと思われます。
 このインスタレーションの魅力は、自身が手造りした藪椿の花によって新たな空間を創り、その場所ならではの物語を紡ぎだしていくことにあります。作者は、作品を設置する場所の空間的な特性のみならず、周囲の自然や歴史的な環境、あるいはそこでの自身の体験などを織り交ぜながらテーマを設定しインスタレーションを展開していきます。椿の花はその空間に侵入し、対話し、また響き合いながら、過去と現在、周囲の環境、あるいは作者と鑑賞者と媒介のようにして新たな場を創りだしていきます。
 今回の「落花、山麓」は、極小美術館のある環境と、以前、作者がここを訪れた時の雪の体験がモティーフとなっています。日本人なら誰もが懐かしみを抱くようなふる里の風景、それが今回のテーマです。伊吹山系池田山の麓、近くに揖斐川が流れるこの場所にある美術館、ここでのインスタレーションは、雪化粧の冬が広がり、それを回想するかのような場が現出することでしょう。そうしてそれは、この土地の歴史と自然のなかに生きてきたこと、そして生きていることの意味を語りかけてくれるに違いありません。

「落花」 インスタレーション

高北幸矢

《アート トーク》

なぜ落花の椿なのか、
なぜインスタレーションなのか

〈開催 2016年11月12日(土)14時 〜 15時30分〉

村田眞宏 (豊田市美術館館長) × 高北幸矢

※作家来場=10月9,15,16,23,24日 11月12,13,18,19,20日 12月17,18日

【略歴】
1950
三重県生まれ
1972
三重大学教育学部美術科卒業
1972
名古屋造形芸術短期大学助手、講師、助教授、教授を経て
1998
名古屋造形芸術大学(現名古屋造形大学)教授
2006
名古屋造形芸術大学(現名古屋造形大学)学長 ※~12年
現在
名古屋造形大学名誉教授、清須市はるひ美術館館長、高北デザイン研究所所長、スペースプリズム主宰
【個展】
1972
名古屋、東京、スペイン(バルセロナ)、台湾(台南)、アメリカ(ボイシー)等 個展53回(〜16年)
2012
高北幸矢インスタレーション「落花の夢」(古川美術館分館為三郎記念館)
2013
高北幸矢インスタレーション「落花、夏の夢。」(古川美術館分館為三郎記念館)
2014
高北幸矢「百椿展」(スペースプリズム)
2014
高北幸矢版画・水彩画展「遠い記憶の赤い花」(瑞浪芸術館)
2015
高北幸矢個展「遠い記憶に咲く花」(ギャラリーいまじん)
2015
高北幸矢展「落花、湯籠り」(ギャラリーゆこもり)
2015
高北幸矢インスタレーション個展「落花、入れ籠入る。」(旧中埜半六邸)
2016
高北幸矢インスタレーション「落花、鎮魂」(ポラリス☆ジ・アートステージ)
【コレクション】
■ニューヨーク近代美術館
■ポーランド・ポズナン美術館
■チューリッヒ・造形美術館
■カナダ・ストラッドフォード美術館
■ハンブルグ美術工芸博物館
■ラハチポスター美術館(フィンランド)
■ペーチガレリア美術館(ハンガリー)
■ハリコフ美術館(ウクライナ)
■富山県立近代美術館
■古川美術館 等
※開催時点

高北幸矢 インスタレーション「落花、山麓」

 五年前の冬、初めて極小美術館を訪れました。朝からの雪雲は、次第に重い雪を降らせ、池田町に着く頃には、麓一面が真っ白い雪に覆われていました。
 吐く息の白さも雪の眩しさにその影もなく、小さな美術館のドアを開ける軋みの音も、積もり続ける雪に消されるようでした。
 私の訪問を、長澤知明代表は一時間以上前から暖炉に火を入れて迎えてくれました。お互いの近況、アートの現況のこと、極小美術館のこれまでのこと、時には共通の友のことなど、時の過ぎるのを忘れて話しました。
 積もり続ける雪、池田山の麓の小さな美術館、暖炉を囲んで話し込む初老の男たち。雪空を舞う一匹の鳶になって俯瞰しているもう一人の私がいました。
 どこかであったような、既視感。日本の多くの里は、やさしい山を眺め、その麓にあたたかな陽射しを受けて、田んぼと畠に囲まれている。ゆっくりと、ゆっくりと月日が流れて行く、ふるさとの風景です。そして、それは私が生まれ育った伊賀の里の風景と重なるものです。
 楽しい時間へのお礼と長居を詫びて、美術館を後にしました。雪はいつのまにか止んで、振り返った美術館には西日が薄く射していました。
 多くの日本人の心の拠りどころ、しかし消えて行きそうな山の麓の風景に想いを寄せて、椿は静かに落花しつづけます。


2016年9月 高北幸矢