Contemporary Art

極小美術館

2025.5/11(sun)~ 2025.6/8(sun)

No.52

観覧申し込みは090-5853-3766まで。入場は無料

「夜」にひそむものを探し求めて
 −別所洋輝さんの作風について−

青山訓子(岐阜県美術館学芸員)

 唐突だが、私はサカナクションというバンドのファンである。このバンドのほぼ全曲の詩を書いているのはヴォーカルの山口一郎さんで、彼の詩作はいつも夜に行われるというのは周知の事実である。山口さんは近年、病を患い、療養のために朝型に生活を切り替えたところ、詩が全く書けなくなった。やむなく深夜に仕事をする日々に戻り、70回以上の詩作を試みて、やっと最新作「怪獣」の詩が完成したと聞く。「夜の怪獣」「赤と青の星々」「暗い夜の空」「暗がり」「何光年も遠く」など、夜と宇宙に関係する言葉が印象的な作品だ。
 何故このようなことを書き連ねたかというと、文学でも美術でも、芸術作品を制作する時間帯は、その作風に大きく影響するように思うからである。
「本格的に制作するのは夜、自宅で」と、洋画家の別所洋輝さんからうかがった。2025年2月、別所さんの職場である岐阜県立加納高校を訪問し、過去の作品から極小美術館で発表予定の近作までを拝見した際のことである。夜の制作と聞いて妙に腑に落ちたのは、そこで見た作品の多くに、黒やチャコールグレイが要所要所で効果的に用いられていたからだった。空間は窓枠、カーテン、鳥かご、ところどころ解れた網で仕切られており、奥の空間が暗い色で覆われているため、いずれも夜の景色のように見えるのだ。
 そこに登場する人物は、輪郭から微かに光を放ちながらその場に佇み、もしくは白く残像を置き去りにしながら何処かへ去っていく。静かな夜を思わせる空間の中、人の動きもひそやかだ。表情は見えない。目鼻は小さな色の点に置き換えられている。あるいは木製のバケツを被って顔を隠している。バケツを被った人物は、ゲームやアニメのキャラクターにも見えるせいだろうか、ユーモラスな印象と同時に、フィクションの中の存在、虚構であることを明確に示す存在とも受け取れる。暗い空間には木々のシルエットや色づいた葉が配され、森のような、植物が鬱蒼と繁殖した場であることが示される。
綿布を用いた画面の上、油絵具はマットな質感で筆づかいは繊細だ。モティーフの輪郭はぼかされて曖昧になり、白い小さな点が連なる線が揺れたり消えたりしながらモティーフの上を辿っていく。時には一旦塗った絵具を繰り返し引っ掻いて、短いスクラッチの痕跡で葉脈のように面を埋めていく。丁寧に丁寧に、時間を費やして、隅々まで小さな点や線で画面を辿っていく様子が読み取れた。
 別所さんからはまた、制作のテーマについて「違う世界に存在する何かを探している」とうかがった。
 日常の喧騒が途絶えた深夜に仕事をしていると、自分がこの世に独り取り残されたかのような、心もとない一瞬を感じることがある。そしてそれは、この世の外、どこかに在るアナザーワールドを身近に感じる瞬間でもある。別所さんの作品には、そのような、夜の制作だからこそ生まれた、闇の中にひそむ何かを探し求める姿勢を感じるのである。

「walky」(2025年制作)
652×️530㎜ oil on cotton

「フィレンツェのひと」(2025年制作)
250×200㎜ oil on cotton

「バケツっ子」(2025年制作)
350×300㎜ oil on cotton

別所洋輝

【略歴】
1982
岐阜県可児市生まれ
2000
岐阜県立加納高等学校 美術科卒業
2006
愛知県立芸術大学美術学部油画専攻卒業 
【個展】
2013
「間の風景」 (ハートフィールドギャラリー / 名古屋)
2014
「交差する景色」 (ハートフィールドギャラリー / 名古屋)
2015
「中立の境界」 (ハートフィールドギャラリー / 名古屋)
2015
「重なりの向こう」 (十一月画廊 / 銀座)
2016
「二十八時の鼓動」 (十一月画廊 / 銀座)
2017
「表象の住人」 (十一月画廊 / 銀座)
2017
「漂泊の稜線」 (ハートフィールドギャラリー / 名古屋)
2018
「暮夜のささやき」 (ハートフィールドギャラリー / 名古屋)
2018
「花花子のはなし」 (十一月画廊 / 銀座)
2019
「別所洋輝展」 (極小美術館 / 岐阜県池田町)
2019
「べつのところの物語」 (ギャラリーいまじん / 岐阜)
2019
「何時かのおくりもの」 (ハートフィールドギャラリー / 名古屋)
2019
「Lost Child」 (十一月画廊 / 銀座)
2020
「別所洋輝展」 (アートホテル木ノ離 / 岐阜県郡上市)
2020
「つかの間の旅、終わらない散歩」 (ハートフィールドギャラリー / 名古屋)
2020
「みちしるべの先に」 (十一月画廊 / 銀座)
2021
「いとしいひと」 (ハートフィールドギャラリー / 名古屋)
2021
「涙のおもてとうら」 (十一月画廊 / 銀座)
2022
「別所洋輝展」 (極小美術館 / 岐阜県池田町)
2022
「ひみつの窓」 (十一月画廊 / 銀座)
2022
「白い鳥を探して」 (ハートフィールドギャラリー / 名古屋)
2024
「木ノ離町のはなし」 (Art&Hotel 木ノ離 / 郡上)
2024
「十の、永遠の、遠い風景」 (ハートフィールドギャラリー / 名古屋)
2024
「柔らかな風の夜に」 (十一月画廊 / 銀座)
【グループ展他】
2012
きそがわ日和 川と町のアートプロジェクト 冬 (コクウ珈琲 / 岐阜県美濃加茂)
2016
みのかもannual2016 (みのかも文化の森 / 岐阜県美濃加茂)
2017
「art:gwangju:17」 (韓国 / 光州)
2017
「2017 5selection」 (十一月画廊 / 銀座)
2018
「アンドアート展」 (花フェスタ記念公園 / 岐阜県可児市)
2018
「art:gwangju:18」 (韓国 / 光州)
2018
「2018 5selection」 (十一月画廊 / 銀座)
2019
「現代美術の視点2019」 (極小美術館 / 岐阜県池田町)
2019
「2019 5selection」 (十一月画廊 / 銀座)
2019
「オルタナペイント ~並行世界の現在地~」 (名古屋電気文化会館 / 名古屋)
2024
「parallel Shift」 (ヱビスアートラボ / 名古屋)
※開催時点

【 別所 洋輝 ホームページ 】