Contemporary Art

極小美術館

090-5853-3766
アポイントをとってお越し下さい

2019年4月よりホームページのアドレスが変わりました

新URL: http://kyokushou-museo.com/

(終了: http://www.geocities.jp/kyokushou_museo/ )

 2008年6月より建設中の極小美術館が2009年4月に完成いたしました。
濃尾平野の最西端に位置する風光明媚な里山に位置します。

養老鉄道は朝夕のラッシュ時を除いて列車内に自転車を無料で持ち込めるサービスがあります。

アポイントメント(090-5853-3766)を取ってからお出かけ下さい。御来館を心からお待ち申し上げます。

2009年4月吉日 極小美術館代表 長澤 知明

2016年2月2日 岐阜新聞掲載

梅原猛さんがご来館されました

(2016年7月31日 写真をクリックすると次の写真が見られます。)

梅原猛さんがご来館されました

(2016年7月31日)

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【 Wao! Club 2019年9月号 】

住宅街にひっそりと佇む極小美術館

若手作家たちの作品を発表する場を

 岐阜県の南西に位置する池田町。シンボルの池田山ではスカイスポーツが盛んに行われ、豊かな風土に育まれたお茶も特産品として人気があります。そんな池田町で芸術を育む小さな小さな美術館。その名も極小美術館の館長・長澤さんに、創設のきっかけやアートの楽しみ方を伺いました。

美術教師を定年退職後自費で解説した美術館

 入り口ドアから急な階段を上る。2階が事務所で、1階と3階は展示室になっている。出迎えてくれた長澤知明さんによれば、使われていなかった倉庫を改装したという。事務所には囲炉裏を切ったり、壁に赤レンガを配したり、椅子を手作りしたりと、彫刻家でもある長澤さん自ら腕を振るった。3階へ続く階段の手すりのように、買ってきた木材を加工しないで、そのまま使っているところもあるそうだ。

 3階を覗いてみた。以前は屋根裏部屋であったらしく、こぢんまりとしている。すでに今回の「別所洋輝展」の作品が展示されていた。狭さが逆に別所さんの作品世界を生かしているようで、間近で鑑賞できるのもうれしい。
 一方、「舩戸彩子展」を開催する1階の展示室は天井が高く、面積以上に広く感じる。ある程度の空間が必要なインスタレーションや彫刻の展示も可能だ。生成りの壁面には、木枠に貼らない状態のキャンバス(麻布)に描かれた舩戸さんの作品が並ぶ。淡い照明が作る陰影が、作品の持ち味である曖昧さを際立たせていた。

別所洋輝展(〜9月1日)

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黒い背景にシンメトリー(完全な対称でなく微妙な違いを持つ)の世界を描く作風で知られるが、今回の展示では新たな試みも。子どものTシャツやワンピースと絵画を組み合わせ、その服を身につけた人物をもイメージさせつつ、見る人それぞれの物語を紡いでもらおうという趣向になっている

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別所 洋輝さん

1982年可児市生まれ。愛知県立芸術大学美術学部油画専攻卒業

舩戸彩子展(〜9月1日)

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描く作品は、雑誌の表紙や屋外の看板などから個性を剥ぎ取り、色や形、配置に類型を見出し、イメージを平均化していく。今展では『週刊ヤングジャンプ』の毎号の表紙に現れる繰り返し(ビキニ姿、ロゴの位置など)を大胆な筆致で単純化してみせた。逆にそれが個を強く意識させるかのようだ

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舩戸 彩子さん

1990年愛知県生まれ。京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修了

極小美術館代表・彫刻家 長澤 知明さん

1947年大垣市生まれ。小学生のとき、木版画で全国2位に輝き、たくさんの賞品をもらった経験が美術の世界に目覚めたきっかけと笑う。彫刻を専攻したのは入試倍率が低かったからと、こちらもジョークっぽい。現在も彫刻家としての活動を続けており、自宅近くの倉庫に工房を構え、日々創作に励んでいる。「現代美術は言葉で語るのではなく、キレイ、カッコイイ、あるいはキライというように素直に感じるだけで良いのです。ぜひ一度見に来てください」と呼びかける

 「自分よりも作家を取材してやってください。高い可能性を秘めた若手たちです」

 東京芸術大学の大学院を出て、岐阜県立加納高校美術科など、県内の高校の美術教師を長らく務めてきた長澤さんらしい言葉だ。極小美術館も、教え子たちに作品を発表する場を作ってあげたいとの重いから、私財を投じて10年前に開いた。

若き才能の芽を摘ませず世に送り出していきたい

 「日本には貸し画廊という独自の形態があり、若手作家は個展の会場としてよく利用します。しかし賃料は高く、作品が売れても、その何割かは画廊にわたる場合も。でも、芸術家は作品を人目にさらさないと、ステップアップできないのです」

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長澤さんの作品「鉄の領域432」。長澤さんの彫刻は、鉄とコンクリートを素材とする。工房で溶接をしている姿を見かけた近所の人からは、町工場と思われているらしい

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高校の美術教師時代の長澤さん。恩師の薦めもあって教師になった。当時、岐阜県内の美術教師は84人いたが、長澤さんのように作家活動と両立していたのは、わずか3人だったそうだ

 企画画廊(画廊主が作家を発掘して展覧会を企画)の個展とは違い、貸し画廊での個展はなかなかキャリアとして認めてもらえない。経済的負担ばかりが大きく、創作を断念する若手も少なくない。かつての教え子を含め、そんな苦々しい状況に触れるたび、何かできないかと思案するなか、導き出したのが美術館という構想だった。
 とはいえ普通、美術館を開こうなどという考えには至らない。自身も彫刻家として50年以上活動してきた経験や、美術現場への問題意識が動かしたのだろう。だからこそ、極小美術館は長澤さんの明確な方針のもと運営されてきた。

極小美術館では企画展を開くたび、オープニングパーティーを催す。毎回、多くの作家や美術関係者らが訪れ、交流を深めてきた

 入館は無料。作品の売買はしない。保険料の一部以外、作家から会場の使用料を受け取らない。長澤さんの目にとまった若手作家と、中堅やベテランの作家の個展を同時に開催する。企画展のリーフレットに記載する紹介文は、全国の美術館の館長や学芸員に執筆してもらう。事前予約は必要だが、観覧時間は特に設けない。
 長澤さんのこだわりを挙げればきりがない。ただ一貫しているのは、商売とは一線を画し、純粋に若手作家を応援したいという思い。それに応えるかのように、確かな一歩を踏み出した若手も出てきている。
 年を追うごとに作家や美術関係者からの注目が高まり、メディアに取り上げられる機会も増えた。展示を希望する依頼は全国から寄せられており、今では7年先まで展示会の開催予定が詰まっているそうだ。

今回の取材で話を聞いた皆さん。代表の長澤さんを中心にアトホームな雰囲気のなか、美術談義に花を咲かせる

作家同士が交流しながら刺激し合う貴重な場所

 企画展の手伝いに来ていたふたりを、長澤さんが紹介してくれる。今後の活躍に期待を寄せている作家だそうで、見つめる目が暖かい。

矢橋 頌太郎さん

1989年大垣市生まれ。岐阜県立加納高校美術科出身。武蔵野美術大学造形学部油絵学科を卒業し、2014年頃から制作拠点を岐阜に移す。2012年に開かれた極小美術館の「現代美術の新世代展」で優秀賞を受賞。2015年富山トリエンナーレ優秀賞。その後、同館で2度個展を開催している。人物の頭部を真上から見据え、描写する画風を特徴とする

 矢橋頌太郎さんは昨年、中部地方随一の老舗画廊「名古屋画廊」で個展を開くなど、大きく羽ばたき始めた若手だ。2016年に極小美術館で開催した個展には、哲学者の梅原猛が来館して、讃辞の文章をしたためている。
 「作品の搬入などを手伝うなかで、作家の方と直に言葉を交わし、たくさんの刺激を受けています。個展を開催する際には、美術館の方に解説文を書いていただき、そこから学ぶことも少なくありません。こうした場所を作ってもらえ、長澤さんには感謝です」

片岡 美保香さん

1992年山県市生まれ。岐阜県立加納高校美術科出身。愛知県立芸術大学美術学部油画専攻卒業後、県立岐阜北高校で美術科の非常勤講師となる。極小美術館のグループ展に2度参加し、来年には個展が開催される。顔、特に目を描かないことで、作品中の人物を客観視させ、非現実の世界を表現したいと話す。名古屋市名東区のギャラリー・ヴァルールで、個展「眺めるものたち」を開催中(〜9月14日)

 同じく長澤さんに目をかけられている片岡美保香さん。高校生のとき、美術室に貼ってあったポスターで極小美術館を知って以来、通うようになったという。
 「2浪して愛知県立芸術大学に入学しました。絵を続けていきたいとは思っていましたが、長澤さんから厳しい言葉をかけられて、覚悟を決めたのです。田舎にいると、どうしてもほかの作家の方たちと交流する機会もなくて、ここは貴重な場所となっています」
 ふたりの話を聞くと、極小美術館の存在はとても大きく、長澤さんの若手作家に対する熱い気持ちが伝わってきた。しかし10年を経て、私費だけでの運営は厳しい状態に。今後はNPO法人化やメセナの申請なども視野に入れながら、美術館の継続に努めたいと長澤さんは語る。

文/長屋整徳

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【毎日新聞・極小美術館の挑戦(上)】
若手に発表の場を

開館10周年を迎えた極小美術館の前で笑顔を見せる長沢知明館長=池田超草深で

 池田町草深の山のふもとにある「極小美術館」が今年、開館10周年を迎えた。若手アーティストらの表現の場として、これまで約70本の企画展を開催。既に7年半先まで企画展が決まっている。個人美術館として活動してきたが、継続的な運営のため、今後はNPO法人化する方針だ。【沼田亮】

自費で奮闘10年、今後はNPOに

開催中の「花田勝太郎展」の絵を見つめる来場者=極小美術館提供

 最寄り駅の養老鉄道「美濃本郷駅」から約2キロ。住宅街の中にぽつんと建つ3階建てが、極小美術館だ。1、3階のスペース(それぞれ110平方メートル、78平方メートル)で年8本程度、展覧会を開催する。年間来場者は1300~1600人。出展作品は絵画、造形物など多岐にわたる。事前の予約が必要だが、入館料は無料。作家の出展料も、作品の盗難被害の保険料のみだ。画廊のように作品の販売もしない。
 「これまで、ずっと苦しかったですね」。大垣市出身の長沢知明館長(71)は、そう語る。出展にかかる費用は、長沢館長が自腹でまかなう。その理念は、極小美術館を開設しようと決意した当初にさかのぼる。

◇ ◇

 長沢館長は、東京芸大大学院で彫刻を学び、1977年から県内の美術科教諭として勤務。県立加納高美術科で8年間教えるなどし、2007年に県立大垣工業高を最後に定年退職した。
 極小美術館の構想を描き始めたのは51歳の頃。長沢館長が指導した教え子たちは、芸術家として東京都内などの都市部で個展を開いていた。訪れると、来客者は親戚や友人などに限られる。個展の出展料は高く、作品が売れたとしても、一定割合の売上金が会場の貸主にわたった。
 経済的に苦しい若手作家に出会うたびに、「自分に何かできることはないか」と考えたという。自身が芸術家だからこそ、できることはないか。「芸術家というのは、作品を人目にさらさないと次のステップヘ進めない因果があるからね」と、発表の場を提供することを思いついた。
 物件を探していたところ、現在の3階建ての建物を見つけた。友人に内装のリフォームを依頼するなどし、09年5月に極小美術館を開設した。
 名前の理由について、「ギャラリーとすると、いわゆる『そんたく』が働いて、『作品を買ってあげないといけないかな』と思われてしまう。純粋に発表だけを見に来てもらいたいので、美術館とした。そこに『小さい』という自虐的な名前を付けた」と説明する。

◇ ◇

 岐阜県は都市部と比べ、若い芸術家が交流する場が少なかった。しかし、極小美術館を始めたことで、若手が意見を交わす場を提供できていると自負する。長沢館長は「作品を展示し、作家との出会いを通して刺激を受けることで成長できる」と意義を語る。
 一方、これまで私財を投じてきたが、運営は年々厳しさを増す。そのため、今後は美術館をNPO法人化し、企業からの寄付金などで資金を賄うことを構想する。「アートの世界は学歴とか年齢よりも、本人のモチベーションや感性が優先される。常にこれでいいのかと考えながら10年間運営してきたが、今後も継続的に作家をフォローしていきたい」。長沢館長は今後を見据える。

(2019年6月16日毎日新聞掲載)

【毎日新聞・極小美術館の挑戦(下)】
作家への原動力に

8月の個展に出展する絵を描く片岡美保香さん=岐阜市則武の県立岐阜北高で、2019年6月5日、沼田亮撮影

 今年5月で開館10周年を迎えた極小美術館(池田町草深)からは、数々の若手アーティストが羽ばたいた。山県市東深瀬の片岡美保香さん(26)もその一人。現在は県立岐阜北高で非常勤の美術講師として働く一方、8月20日には、名古屋市内で自身3度目となる個展を予定する。【沼田亮】

巣立つ若手アーティスト

片岡さんお気に入りの作品「見えないから見る」=片岡さん提供

 「個展が近いので、今日も絵を描いてから来ました」。取材場所の極小美術館を訪ねると、片岡さんは青色の絵の具が付いた手のひらを見せ、笑った。
 アトリエとして使う実家の自室には、所狭しと画材が並ぶ。「朝、目覚めてからも、作品と向き合うため」と24時間、まさに絵画と寝食を共にする。作品制作と自らの生活はもはや、一心同体となっている。

◇ ◇

 油絵が中心の自らの作風について、片岡さんは「作品の全体像を見てほしいので、顔が隠れている人物画を描きます。人って目と目を見て話すので、目を描いてしまうと、そこに視線が集中してしまうためです」と、意図を説明する。テーマは、ファッション雑誌や小説などを参考に、見た人が非日常的な感覚を味わえるような作品を心がける。

◇ ◇

 幼少の頃から絵を描くことが好きで、小学生の時から絵画教室にも通った。県内有数の美術高校、県立加納高美術科への進学が自標になり、見事、同校に合格した。高校で油彩画を学び、さらに極めようと、2年間の浪人生活を経て、2013年に愛知県立芸術大美術学部油画専攻に入学した。
 17年に同大卒業後、県立岐阜北高で美術科の非常勤講師の職を得た。しかし、絵の具1本が1500円するなど画材が高価なこともあり、18年からは週3~4回のピザ屋のアルバイトを掛け持ちする。
 「ギリギリの生活ですね」と苦笑いをする片岡さん。仕事を終えてから絵を描くため、睡眠時間は平均3~4時間というが、「絵を描き続けたい」という思いが、筆を動かしているという。

◇ ◇

極小美術館との出合いは高校3年の頃だ。高校の美術室に張ってあったポスターを見て、美術館を訪れた。その際、長沢知明館長(71)からは、厳しい声を掛けられたという。「中途半端な気持ちでは美術は続けられないぞ」。その言葉で、覚悟を決めた。
 それ以来、極小美術館で企画展が開催される際は駆け付け、自らの作品も2度出展したことがある。この美術館の存在について、片岡さんは「『もっといい作品を作りたい』というモチベーションになっている」と説明する。美術館に訪れるアーティストとの関わりから刺激を受けたり、アドバイスをもらったりすることが、作画への原動力になっている。
 この先、アーティストとしてどのように生きていくかーー」。「常に作品は進化しないといけない。絵を描き続け一生を終えたいと思います」。そう語る片岡さんのまなざしには、人生を絵にささげる覚語があった。

(2019年6月17日毎日新聞掲載)

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ユニークな美術館

 岐阜県にある極小美術館というユニークな名前の美術館を3月11日に訪れ、代表の長澤知明さん(68)にお話をお聴きした。

 美術館は岐阜・JR大垣駅から養老鉄道に乗り換え約20分、最寄の美濃本郷駅から徒歩17分の所にある。極小の名の通り普通の一軒家の外観だ。
 長澤さんは東京芸術大学の大学院(彫刻)を出て、長く岐阜県内の高校美術教師を勤め、定年退職後の2009年5月、極小美術館を立ち上げた。
 「美術科を卒業した教え子たちは、アーティストとしてがんばっていて、作品を発表する場所を提供してやりたいと思ったのです。ギャラリーを借りるのに24、5万円も出せませんからね」
 大垣駅までわざわざ筆者を車で迎えに来てくださったが、その車の中で長澤さんは美術館建設の動機をそう話してくれた。
 長澤さん自身も現役の彫刻家だ。芸大院では淀井敏夫教室で学び、教職についてからも作品制作を続けてきた。近年では2012年の富山トリエンナーレ(神通峡美術展)で奨励賞を受賞している。
 「東海地域は1980年代から90年代初めまで、現代美術が盛んだったのです。桜画廊をはじめ名古屋には現代美術を扱う画廊もたくさんありましたが、今はみんな閉廊してしまって」
 「美術教育では名古屋の県立旭丘高校美術科や岐阜にも県立加納高校美術科といった拠点がありました」
 もっとも10年ほど前に高校美術の必須取得単位が3単位から2単位に減らされたこともあって、美術の常勤教諭が岐阜では現在20人をきってしまったという。長澤さんが奉職したとき県内の常勤美術教員は64人だったそうだから、今は当時の三分の一という人員だ。
 地元の「十六銀行」などのメセナを受けているものの、基本的には私財で美術館を運営している。展示室の赤レンガ壁やイスなどは、彫刻家の腕を生かして手作りだ。
 「入場は無料です。作家には理解してもらってどんな大家でも謝礼はありません」と笑う。
 1階から3階までの展示室を使って、年7・8回、一企画3か月の企画展を開く。定休日はナシ。観覧希望者があれば、元旦でも美術館を案内するという。朝5時から観覧したいというワガママな客にも対応したというから驚きだ。
 開館記念展の「荒川修作展」を始め保田春彦、河口龍夫など錚々たる作家の展覧会をこれまで開催してきた。ただこれからも新人作家たちの企画展は継続して開催していきたいという。
 「作家は作品展をやって一つの区切りをつけ、次に進むものです。私は背中を押すぐらいのことしか出来ないが、彼らには展覧会を機にぜひ頑張ってもらいたいですね」
 「(優秀な若手作家を見つけて)地方から東京へ文化を発信していきたい」ともいう。
 その一例としてこの7月には、地元の矢橋頌太郎(27)(富山トリエンナーレで優秀賞受賞)の2回目の個展を開き、引き続き銀座の画廊でも協力して展覧会を開催する予定だ。
 「美術の分母を広げるには極小美術館のような場所も必要です」
 長澤さん自身が作家だが、数十年に及ぶ美術教育の現場で実感してきた問題意識はやはり大きく、体験した様々な思いは深かったようだ。今もって美術学生にとっては頼りになる先生という雰囲気だった。

美連協事務局・矢崎秀行(美連協ニュース No.130 2016年5月号掲載)

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【毎日新聞・アート巡り】
岐阜の小さな美術館の巻 運営は全て1人

右側が極小美術館。左側が清河北斗さんの作品「獣駆輪水平式低床型骨相像」=岐阜県池田町で、青山郁子撮影

 北陸新幹線の開業から1年。このアートを巡る旅も関西以外はいろんな地方に行きやすくなった。今回訪れたのは岐阜県池田町にある私設の「極小美術館」。東京から新幹線で名古屋、在来線で大垣へと富山からだと4時間強。米原回りのJRや高速バスで行くのとあまり変わらない。

 昨年、黒部市の毛利武士郎記念館で、現代美術作家の河口龍夫さんの展覧会を取材した時に知り合ったのが、極小美術館の長澤知明館長。酒を飲みながらお話ししてすっかり意気投合。富山の若手アーティスト、清河北斗さんも出品している展覧会「宇宙の連環として2016」(会期終了)の開催中に訪れてみることにしたのだった。
 極小美術館は2009年、自らも彫刻家である長澤さんが、地元の美術教師を定年退職後に開設した小さな美術館。築15年の倉庫を自力で改築して年に数回の企画展を開催している。入館料もとらず、作品も売らない。仲介もせず運営は全て自前。長澤さんの目にかなった作品だけが美術館に並ぶ。そのレベルの高さが話題となり、地元の銀行や企業が自ら支援を申し出るぐらいだという。
 若手作家の支援が主たる目的だが、時々、河口さんら著名なアーティストの展覧会もある。今回の展覧会にも篠田守男さんや河口龍夫さんらそうそうたるメンバー21人の作品が美術館を彩り、愛知県の美術館関係者も訪れていた。
 会場には、清河さんの迫力ある大型インスタレーションが展示されていたほか、出品者には、昨年、富山市で開催された神通峡美術展で優秀賞を受賞した矢橋頌太郎さんら富山と縁のある作家も何人かいた。
 長澤さんの美術への愛に貫かれた、一本筋の通った美術館であると感心した。長澤さんが掃除から解説まで、全て1人で行っているため、訪問には事前予約が必要だが、名古屋や大垣方面に行く用事があれば、ぜひ訪れてほしい美術館。やっぱり美術館とは、公私立を問わず、こういう姿勢がなくっちゃ、と実感した。
 ちなみに、美術館近くの池田山は今は石灰、昔は大理石の採掘が盛んで、国会議事堂の大理石も池田山産とか。また大垣市は升(ます)の生産が盛んで、その後、東京・日本橋の超有名百貨店で見つけた、地方のいいものを紹介するコーナーで、大垣産の升が売られていた。更にそのコーナーには、わが富山県が誇る能作(高岡市)の錫(すず)製品や小矢部市の五郎丸屋さんのニュー和菓子「T5」も売られていた。
 今回は別の取材があり、残念ながらお楽しみの一つ、大垣グルメを味わう時間がなかったのが心残りだったが、訪れた先でその土地の人と気が合うと、何となく愛着が湧くのが旅のいいところ。美術館近くには、大理石で財を成した名家、矢橋家の邸宅(国登録有形文化財)や温泉もあるとかで、ぜひ再訪したいと思わせる土地だった。

青山郁子記者 /富山(2016年4月2日毎日新聞掲載)

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【中日新聞・旅の達人】

岐阜で見つけた小さな美術館 プライベート空間でアート独り占め

 岐阜県の南西に位置する池田町。シンボルの池田山ではスカイスポーツが盛んに行われ、豊かな風土に育まれたお茶も特産品として人気があります。そんな池田町で芸術を育む小さな小さな美術館。その名も極小美術館の館長・長澤さんに、創設のきっかけやアートの楽しみ方を伺いました。

志さえあれば場所は関係ない 新しい才能が芽吹く場所に

 未使用の倉庫だった建物を改装し、「極小美術館」としてオープンしたのが今から9年前。入場料は一切いただかず運営しています。

 もともと私自身、彫刻の道を歩み、県立ではめずらしい美術科のある県立加納高校で教鞭をとっていました。芸術は創り続け、世の中の人々の目に触れ続けなければ育ちませんが、展示できる場所も機会も十分とは言えません。そこで新しく芽吹いた才能がこの地域で育ってほしいという一心から、作品を発表できる場を作りたいと思ったことが始まりです。

 建物の1階は「キャリアのある作家」、3階は「期待される作家」のギャラリーとして年に4回、計8本の企画展を開催しています。とにかく“質”にこだわり、作家もそれに応えてくれるため、これまでの企画展はどれも好評で、東京・京都・神戸など、遠方からも多くの方に足を運んでいただいています。おかげさまで7年先まで企画展のスケジュールも決定しており、他にはない「極小」だから出来る驚きと見応えのある展示を予定しています。表現や観賞方法に決まりはなく、自由な発想を自由に楽しんで貰えれば良いので、ぜひ、若手作家たちの作品をご覧いただき、一緒に育てていってください。

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1F展示室では臼井千里さんの作品を展示。
(2018.4/1まで)

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3F展示室/展示は中風明世「WORK 57」
(2018.4/1まで)

山を春色に染める桜も魅力 アートとともに楽しんで

加納高校の卒業生であり、アシスタントスタッフとして極小美術館に携わる片岡美保香さんの作品。3F展示室のバックヤードを表現に用いた。

 芸術の世界は甘いものではなく、「10年続けて一人作家が出れば上出来」と言われています。しかし、若い作家は着実に力を付けてきており、加納高校の卒業生で極小美術館で2回展覧会を開いた矢橋頌太郎など、若い作家が世に認められ、活躍していることをとても嬉しく感じています。今後もこの地域で芸術が振興するよう、拠点であり続けたいと思います。

 極小美術館のある池田町は池田山麓に位置するのどかな町。春の訪れと共に、国指定の天然記念物・ヤマザクラで有名な霞間ヶ渓(かまがたに)には様々な種類の桜が咲き誇り、それはもう見事な景色を見せてくれます。極小美術館の入館はご予約頂く必要がありますが、都合が合えばいつでも見ていただくことができますので、お花見とともに、気軽にお立ち寄りください。

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《観光情報》

Director 長澤 知明

【観覧申し込みはお電話で】
090-5853-3766